Aug 31 2009
様似の歴史を辿っています。
「様似郷土館 」へ行ってきました。
小学生の時以来ですよ。
少し緊張して入ると、すぐに記帳簿があり、氏名・住所の記入を済ましてから館内に入ります。
様似について でもご紹介していますが、所狭しと貴重な品が並べられ、異空間のような雰囲気。
古文書の研究をされている方(だと思います)が、机に向かっておりましたので、邪魔にならないように奥へ進みました。

目的は、今日(8月31日)まで開催しているミニ企画展「今も残る砂金堀の道具たち」の取材です。
展示してあった砂金堀の道具たちは、あまり古さが感じられないもので、大切に使用されていたことがうかがえました。
2005年にも、様似町で「特別砂金展」が開催され、普段なかなか見る事が出来ない昔の道具や、採取された砂金が展示されていたようです。
現在、砂金繋がりで「東金山金鉱山(様似町)」の取材を進めています。
道内に於ける砂金採取に関する古い情報として、1206年知内川で最初の採金が行われたらしく、その後も道内各地で盛んに行われていたといいます。
詳しくは、後日メインサイト「様似について 」で、掘り下げた情報をUPしますので、ご期待下さい。
砂金コナー以外で、興味が湧いたポイント↓

壁に張り付いている古い電話機と、振子時計です。
テレビドラマでしか見たことがなかった、古い電話機にチョット感動。
この機械が活躍していた時代は「交換」に一度繋がって「○○番お願いします」とか言っていたのでしょうね。
昔は集落に1台程度だったので、電話がかかってきても「三件隣の●●さんを呼んできて!」なんて話もあったそうですよ。
説明パネルには・・・
明治23年(1890)12月16日、東京、横浜の両市と両市相互間で初めて電話交換業務が開始された。
創業当時の電話機はデルビルとかガワーベルといった壁掛け電話機であった。
北海道で電話交換業務が始まったのは、明治40年(1907)頃で、一般普及したのが大正期であった。
当時の電話通信は、各郵便局に設置された交換台を経由して、利用者からの指示先へつながれるといった仕組みで、取り次ぐ交換手はすべて美声の女性と決められていた。
と記載されています。
電話と言う便利な文化が広がって120年あまり。
以前は・・・
「花蘂さんのお宅ですか?王鰈と申しますが、こんにちは。サメガレイ君はいらっしゃいますか?」
と、必ず名乗って、サメガレイ君のご両親や兄弟なんかとも少なからずコミュニケーションをとれていたのですが。
現在では、小型化が進み携帯電話は子供からお年寄りまで1人1台の時代になりました。
登録した相手にかける際は、相手にも自分の名前が表示されるので、名前を名乗ることが少なくなりましたね。
とても便利になったと実感していますが、ちょっと寂しい気もします。
今回は時間がなく、ゆっくりじっくり閲覧できませんでしたが、ぜひまた時間を作って、館内の展示品を見てみたいと思います。
皆さんも、ぜひ行ってみませんか?




















































